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前回のブログ。


こうして読み返してみるとヒドいですね。


ちょっと詳しく説明しすぎました。

気分を害された方、スミマセン。

テンションがアッパーになった方、




お互い程々にしておきましょう。


さて、先日までとは打って変わって、
「からり」と音を立てそうな程、
乾いた青空が気持ちいい、ここ最近のバンコク。

起き抜けに宿のベランダに立てば、
5月のタイとは思えない爽やかな風が吹き抜け、

「いやぁ~、コイツァ朝から気持ちがいいねぇ~。
よし、起き抜けの1杯でも…Hi, good mooring!!
サワディーカップ!!コー ビアチャーン カップ(チャンビールくれ)!!

と、思わず叫びそうになってしまいますが、
そこはグッと気持ちを抑え、せっかくなので午前中の涼しいうちに、
拷問博物館 朝のお散歩がてら、バンコクを下町を散策してみるのも、
また一興でしょう。


では、出発!!


実は下町的要素の強い、カオサン通り周辺。

少し北の方へ北上すれば、そこには古き良き時代の
アジアの名残をそこかしこに感じることが出来ます。

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木陰に人が集うのは、暑い国共通の法則。
大きな木下は必ず屋台が出ており、
いつでも地元の人々がおしゃべりに花を咲かせています。

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怪しい落書きを探して歩くも良し。

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そこいらで暇そうにしているオッサンと仲良くなるも良し。
(昼間でも暇そうなオッサンは、アジア全土、
何処に行っても佃煮に出来そうな程います)

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少し遠くに足を伸ばせば、
町工場が集まるプチ工業地帯。

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曰く、「昭和30年~40年代の東京の下町にソックリ」
だという、庶民の暮らしが息づく町並みを眺めながら歩くのは、
ナカナカ楽しいものです。

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そうこううろつき回っているうちに、辿り着いたのは、
世界最大級のチャイナタウンこと、ヤワラー

表通りは香港のネーザンロードを彷彿とさせる漢字の看板が、
車道まではみ出しながら乱立して、中国らしいにぎやかさを醸し出すこの街。
中心部には時価120億円とも言われる、純度60%の黄金で出来た、
ゴールデンブッダが安置されるワットトライミットなんかもありますが、

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過去に2度も行ってる上に、現在は入場料として50Bも取られる
(昔は確か20Bだったはず)ので割愛。

そんな騒がしい通りを無視して、裏通りに入っていくと
今や香港でさえ滅多に見られなくなった、
伝統的中国の面影をかいま見ることが出来ます。

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みんながのんびりと散歩を楽しむ歩道の屋根の上には


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実は電線が剥き出しになっていたり、


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ちょびっとデンジャラスな一面も顔を覗かせる、
チャイナタウン。

街と一緒に人も一緒に年をとっているようで、
たくさんの中華系の老人が軒先で昼寝をしていたり、
夫婦でゆっくりとした歩調で散歩をしていたりで、
何だかタイムスリップしてしまったかのような雰囲気です。

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が、


この街の神髄はこれにあらず。



実はこの街には一般には知られざる歴史があります。


1980年代~1990年代に掛けて、ハードコアな日本人バックパッカーの巣窟として、
世界中にその悪名を轟かせた一大地区、


それがこのヤワラーなのです。



今となっては盛者必衰、兵どもが夢の後。

時代が経過するとともに時代の流れに飲み込まれた
ヤワラーの日本人の溜まり場ホテルは、
ごく一部を除いて今では経営を辞めて、その跡地でさえ風前の灯火。

嘗ては、ディープなバックパッカーの総本山として知られた
「ジュライホテル」も、今では嘗ての敷地の入り口の壁に、
消えかけた名前を残すのみです。

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「ジュライホテル」


ヤワラーのど真ん中、「7月22日ロータリー」、
通称「ジュライロータリー」の真ん前に存在したホテルです。

今でこそ整備されてきれいな、平和な雰囲気漂うジュライロータリーですが、
その当時はバンコクでも有数のレッドゾーンのひとつに数えられ、

野良犬、乞食とともに、怪しい男たちが、
怪しい草や薬を昼間からやりとりしており、
夜になると、まるで街頭に群れる蛾のように、
妙に露出度の高いオバチャン、及びオカマ、
たまーにオネーサンが、道行く男たちにシナを作り、
その周辺には「冷気喫茶」や「雛壇」と呼ばれる売春宿や、
「No Hand Restaurant」等の風俗がゴロゴロ…。



という最強にファンキーな場所に建つホテルなので、


いわずもがな、そこに集う旅行者たちも
非常に個性豊か。

買春な人や、薬とお友達な人々、パラノイアな人、
その他大勢の有象無象がこのホテルに集い、
同じように個性豊かな従業員たちや、時に警察なんかとも戦いながら
有意義なバンコク生活をエンジョイされていたそうです。

そして、今でも現役で当時から営業しているのがコチラの台北旅社

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何十年前のものなのか、「日本人の旅行者、歓迎を致します」
と書かれた張り紙もすっかり黄土色に日焼けし、とってもノスタルジック。


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今でも、80~90年代に世界中を闊歩された世代の方々がここに集っては
今までの旅の思い出や、怪しい話しに花を咲かせているそうです。


そんな時代の生き証人とも言うべき存在がコチラ。

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泣く子も黙る、伝説的安食堂、その名も「北京飯店」

名前の規模はデッカイですが、店はネコの額より狭い
大変アットホームなこの食堂、

実は、谷恒生の「バンコク楽宮旅社」や、クーロン黒沢の「怪しいアジアの暮らし方」
等にも嘗ての日本人旅行者の情報交換の場として度々登場した、
由緒正しいこの食堂も、今となっては訪れる旅行者も少なく、
時代とともに年を取ったかんじです。

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それでも、たまにここを訪れる日本人旅行者もいるらしく、
店の中には各種ガイドブックや旅の本、
「日本赤軍闘争」の類いの、かーなり左寄りな書籍
海外の風俗を網羅したエロ本、
そして黒い情報やイタイ手書き小説等が満載された情報ノートなどが、
いまでも店の目玉として棚に並んでいます。

ちなみにココ、
実は山田まりやとキタローが来たことがあるそうで、
ホワイトボードに本人の直筆で「マリヤ丼 35B」と書かれた、
山田まりや考案のメニュー(生姜焼きがご飯に乗ってるらしい)が食べられるそうです。

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蛇足ですが、その隣の色あせたメニューに書いてある、
「カシ丼(カツ丼のことらしい)」が、昔からのここの名物だそうです。

店のオバチャンは日本語堪能です。


そんなカンジで、嘗ての我々の先輩の足跡なんかも
辿ったり出来る、バンコク下町の旅。

発展する首都としてのバンコクだけではなく、
たまにはこうしたgood and oldな一面を覗いてみるのも
悪くないのではないかと思います。

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♪Pretty woman~♪ Walking down the stree~♪  


あ、

日が昇りきると死ぬ程暑いので、
日射病には注意しましょう。



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